与那原町立綱曳資料館


与那原町の文化財/親川 [町指定文化財]


1999(平成11)年4月21日に町指定文化財に指定された。


天地開闢の昔、御殿山うどぅんやまに天降りした天女が、その御子の出産にあたり、産湯を召したとの神話に由来する。

戦前の親川は、現在より一回り大きく、むしろが敷ける程の幅で、三段の石段になって円形状を形どっていた。その周囲を二抱えもあるデイゴやマミク(クスノハカエデ)の大木がぐるっと取り囲んでいたという。

昭和55(1980)年、親川拝所の復旧工事が行われ、井戸を囲む建物、石灯篭、手洗場を設置、親川にまつわる琉歌、和歌、各々一首ずつ刻んだ石碑を建立した。琉歌は、昔の臼太鼓うしでぇくや綱曳の前舞めえもおいで歌われた歌で、和歌は昭和31(1956)年、宮中歌会始めで入選した千葉県・飯田秀真氏の作である。


琉歌
与那原の 親川に
  あまくらがいちゃぅん
あまくらやあらぬ
  思姉おすじ
  和歌

沖縄の 与那原道の 古泉
  水清かりき 今もあらむか

現在でも県内各地からの参拝が絶えない。

与那原町の史跡(1995)より


敷地内に綱曳で使うカナチ棒が水に浸けた状態で保管されており、西方いりかたの中心となる場所である。

また、綱曳関連祭祀であるアブシバレー(旧4月15日)、五月ウマチー(旧5月15日)、六月ウマチー(旧6月15日)、アミシの御願(旧6月26日)に巡拝される。

与那原大綱曳(2005)より


幼少期を与那原で過ごした画家の野津唯市氏によって、戦前の与那原を題材とした複数の絵が描かれました。戦災で失われた与那原の風景を知る貴重な資料となっています。