与那原町立綱曳資料館


与那原町の文化財/雨乞毛・古島


雨乞毛・古島 板良敷村はかつて、シマの西方に位置する雨乞毛の山頂付近にあった。山の稜線一帯である。板良敷はここで村建てがなされたと伝承されている。現在は、その村跡のほとんどが南城市(旧・大里村)の範囲になっている。最初にできた村を現在地に移転してからは、古島ふるじまとかチナーフルジマと呼んでいる。村落移転後は、現在にいたるまで古島に家屋が建つことはなく、原野と若干の畑になっている。

古島当時は与那嶺(ユナンミ)村と称していたといわれている。与那嶺村がいつ形成されたかについてはよくわからない。

雨乞毛・古島の殿とぅんにはそれぞれ石垣の屋敷囲いが残り、殿の数とほぼ同じ数の井戸もあったという。明治後半生まれの人達はそのことを一様に認めていることから、板良敷でいう殿は、村建て当時の主要旧家跡が祭場化したものと思われる。


板良敷殿 板良敷殿の子孫は絶えて伝わらないとされる。


タキクラ殿 明治生まれの人達にはタキクラという呼称はなく、最も新しい名称になっているが、その謂われも不詳である。いずれも、石の祠となっている。現在でも板良敷区としての祭祀が行われている。なお、タキクラは稜線上にあって転落の可能性があったが、2011年もしくは12年頃、現状を全く代えないで、1m程前に移設されている。


平田殿 屋号平田の祖先を祀る(平田ヌ殿とも表記)。


山内殿 古島から最初に現在地に移転した家の1つ、屋号山内の祖先を祀る。

板良敷誌(2014)より